いつのまにかマイノリティになっていた話

冬のある日、私は奇妙な経験をした。その日はとりわけ寒かった。いつも資料あつめに使っている小さな私立図書館を出て、遅い昼食を取るためにカフェへ向かった。北風がびゅうびゅう吹いて、毛穴を刺してくる。

そのカフェは、前回来たときに外観だけチェックしていた。住宅街にひっそりとたたずんでいる。ガラスの引き戸を開ける。古い店舗を改装しており、お金はかかっていないだろうが、おしゃれで、ノスタルジックな内装に仕上がっている。テーブルが五つのみ。空間にはちょうどよい余白がある。

ランチの焼きチーズキーマカレーを頼み、ふと壁に目をやると、かき氷のメニューを書いた黒板がかかっていた。目が悪いので、細かい品ぞろえまでは分からなかった。この店でかき氷を出していることはネットで調べて知っていたが、やっているのは夏だけと思っていた。へえ、冬もやるんだ、でも、この寒さで注文する人はいないでしょうよ、と頭の中でひとりごちながらキーマカレーを待っていた。

先客の女学生二人組がランチを終えて、かき氷を注文した。若いなぁ、と思った。かき氷が到着するとキャッキャ言いながら写真におさめていた。かき氷は、少しタテ長の美しい半球体をしており、プラスチックみたいにつやつやしたクリーム色のソースでコーティングされている。ソースは通常のシロップよりもったりとして粘度が高いと思われ、下の氷をつぶすことなく、絶妙なバランスで形状を保っている。

白髪まじりのロングヘアを後で一本に束ね、60年代に流行したトンボのようなサングラスをかけた女性が入ってきた。何やら思いつめた表情をしていることはサングラスの上からもわかった。ベージュのトレンチコートが調査員のような雰囲気を添えている。彼女は小さな声で何かを頼むと、店員が厨房に下がったタイミングを見計らって、壁のかき氷メニューをスマホですばやく撮影した。カフェマニアなのだろうか。まもなく彼女のもとに運ばれてきたのは、女学生たちと同じかき氷であった。

やがて女学生たちは「寒くなっちゃった」と言ってばたばたとトイレに駆け込んでいった。調査員は中盤あたりで咳こんでいた。この寒い日にかき氷を食べたらそうなるよね、変わった人たちだな、と思っていた。

女優の北川景子のような美人さんが私の横のテーブルについた。彼女のもとに運ばれてきたのはマグカップに入ったコーヒーであった。やっぱりこういう寒い日は温かい飲み物ですよね、と心のなかで彼女に話しかけながら、自分も到着したばかりのほかほかの焼きチーズキーマカレーを食す。オーブンでしっかり焼き上げられたチーズはことのほか熱く、舌に軽くやけどをしたが、それでもかき氷で寒くなるよりはましだった。つづけて北川景子のもとに運ばれてきたものがあった。あのクリーム色の半球体であった。

ここで気づいた。ひょっとして、みな、かき氷メインでこの店来てる? と。

坊主頭で丸めがねをかけた中年の男性が入ってきた。古いがていねいに着ていることを思わせるPコートと、「注文したいのは2つです。1つは……、もう1つは……」という言葉づかいから実直な人柄がしのばれた。席が遠かったので、何を注文していたかは聞こえなかった。「来るか……?」と固唾を呑んで見守っていると、案の定、彼のもとにも、つやつやのクリーム色の半球体が運ばれてきたのだった。

店員が何かをのせたトレーを手に調査員のもとに近づいて行く。店員がテーブルに置いたのはすでに見慣れた半球体だった。私が北川景子とミスター実直に気をとられているあいだ、調査員はかき氷のおかわりをしていたのであった。咳こんでいたのに。彼女はかき氷マニアであった。

5つあるテーブルにいる5組中、私以外の4組がみなかき氷を頼んでいた。この空間において「変わり者=マイノリティ」は自分であった。女学生組が店を出た。そのあとテーブルについたベレー帽のお嬢さんははっきり言った。「焦がしバターのカスタードのかき氷ください。生いちご添えで」と。

このカフェはちょっと変わったかき氷の名店だったのである。調査員が思いつめた表情をしていたのは、名店に足を踏み入れた緊張ゆえだったのだと理解した。テーブルが空くのを待っているあのマダムもきっと氷目当てだろう。

覚えずして不思議な場所に迷いこんでしまった。そそくさとレジで会計をすませる。レジ横に『かきごおりすと』という小さな雑誌があるのが目に飛びこんできた。かき氷マニアのための雑誌であることはすぐに察せられた。ディープな未知の世界というものは、日常のなかに、自分のすぐそばに存在している……と、何かで読んだセリフがふと浮かんだ。店を出ると、通りでは北風がびゅうびゅう吹いていた。